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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)3954号 判決 1956年9月28日

原告 株式会社坂口屋

被告 多田工業株式会社 外一名

主文

被告多田工業株式会社は原告に対し金一、二〇二、四四〇円及びこれに対する昭和二九年八月一二日より支払ずみまで年六分の割合の金員を支払え。

被告多田工業株式会社が株式会社竹中工務店に対し有していた鋼材売渡代金残額債権金一、二〇二、四四〇円を昭和二九年七月一三日に被告難波康男に譲渡した行為を取消す。

被告難波康男は、株式会社竹中工務店に対し、前項の債権譲渡が詐害行為として取消されたとの通知をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、「主次第一項と同旨及び原告と被告両名との間において、被告多田工業株式会社が株式会社竹中工務店に対して鋼材売渡代金残額債権金一、二〇二、四四〇円を有することを確認する。右の確認請求が認容されないときは、主文第二項と同旨及び被告難波康男は右譲受債権を原告に譲渡し、且つ株式会社竹中工務店に対しこの債権譲渡の通知をせよ。右の譲渡及びその通知の請求が認容されないときは主文第三項と同旨、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに被告多田工業株式会社に対し金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は鋼材亜鉛鉄板等の売買を目的とする商事会社であり、被告多田工業株式会社は建築業を目的とする商事会社であるが、原告は昭和二九年六月五日より同月二二日までの間被告会社に対し、丸棒鋼材計六九トン九二〇、亜鉛板二五〇枚を代金合計金二、三三七、四四〇円で売渡し、右代金の内金一、一三五、〇〇〇円は昭和二九年七月五日に、内金一、二〇二、四四〇円は同年八月五日に支払を受ける約束であつたが、被告会社は右の支払期に至るも支払をしないので、その内金一、二〇二、四四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二九年八月一二日より支払ずみまで商法所定年六分の遅延損害金の支払を求める。

被告会社は昭和二九年六月五日より同月二二日までの間株式会社竹中工務店(以下竹中工務店と略称する。)に対し丸棒鋼材を売渡し、その代金二、二三七、四四〇円の内金一、〇三五、〇〇〇円の弁済を受け、残額金一、二〇二、四四〇円の債権(以下本件債権と略称する。)を有していたが、原告よりの執行を避けるため、昭和二九年七月一三日被告難波康男と通謀して本件債権を同人に譲渡する旨の虚偽の意思表示をし、同日竹中工務店に対し債権譲渡の通知をした。しかしながら、右譲渡行為は通謀虚偽表示であつて無効であるから、本件債権は依然被告会社に属するものである。よつてその旨の確認を求める。

仮に前項の主張が認められないとしても、原告は被告会社に対し前記のように鋼材売渡代金債権を有するものであるが、被告会社は、その債務が多く収入皆無の状態で支払資力が不足し、本件債権が唯一の財産で他にみるべき財産がないという状態であつたにもかかわらず、その債権者を害することを知りながら、本件債権を昭和二九年七月一三日被告難波康男に譲渡したのであるから、原告は被告会社と被告難波康男との間の前記債権譲渡行為を詐害行為として取消すことを求める。また、詐害行為の取消権者は、他の債権者とともに弁済を受けるため、受益者又は転得者に対しその受けた利益又は財産を自己に直接支払い又は引渡すべきことを請求できるものであるから、被告難波康男が受けた財産である債権を、被告会社の総債権者のため直接原告に引渡させる方法として、原告は債権譲渡をすることを求めることができるものと解する。そこで被告難波康男に対し被告会社より譲受けた本件債権を原告に譲渡し、且つ竹中工務店に対し債権譲渡の通知をすることを求める。もし、右譲渡及びその通知の請求が認容されないときは、前示債権譲渡が詐害行為として取消されたことを債務者に対抗するためには債務者に対するその旨の通知が必要であつて、債権の譲受人はこの通知をする義務があるから、被告難波康男に対し、竹中工務店に前示債権譲渡が詐害行為として取消されたことを通知することを求める。と述べた。

被告難波康男の答弁に対し、被告難波康男が本件債権譲渡を受けるにあたり債権者を害する事実を知らなかつたということは否認する。被告難波康男が西村貢に対し本件債権を譲渡したことは不知、仮にそうとしてもそれは通謀虚偽表示により無効である。仮に通謀虚偽表示でないとしても、原告は昭和二九年八月二日付大阪地方裁判所同年(ヨ)第二三七〇号仮処分決定により、債務者、被告難波康男、第三債務者竹中工務店に対し本件債権の取立譲渡、支払等一切の処分禁止の措置をとり、この仮処分決定は同月三日被告難波康男に、同月四日竹中工務店に送達された。従つてその後の昭和三〇年一一月一九日同被告から西村貢になされた本件債権譲渡をもつて原告に対抗することはできない。と述べた。<立証省略>

被告等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告が鋼材等の売買を目的とする商事会社であること、被告会社が原告よりその主張の約旨で丸棒鋼材、亜鉛板を買受け、その代金二、三三七、四四〇円を支払つていないこと、被告会社が竹中工務店に対し本件債権を有していたこと及び被告会社が昭和二九年七月一三日被告難波康男に本件債権を譲渡し同日竹中工務店にその旨の通知をしたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。被告会社は本件債権を被告難波康男に負担していた手形、小切手債務の弁済のため譲渡したのであつて、同人と通謀して虚偽の譲渡をなしたのではなく、また被告会社も被告難波康男も、本件債権譲渡の際、債権者を害する意思をもつていなかつた。被告難波康男は、昭和三〇年一一月一九日西村貢に本件債権を譲渡し、その通知は同月二〇日竹中工務店に到達したから、本件債権は既に右西村貢に移転し被告難波康男に属しない。

被告難波康男は原告主張の仮処分決定の送達を受けたことなく、右仮処分決定のあつたことを知らず、西村貢もこの事実を知らないで本件債権の譲渡を受けたものであるから、右譲渡をもつて原告に対抗できるものである。

詐害行為の取消は総債権者の利益のためになされるものであつて、取消の結果取消の目的となつた権利は当然債務者に復帰する。従つて取消権者独りが取消の目的となつた権利を取得することは許されず、被告難波康男に対し、本件債権を原告に譲渡した旨の通知を竹中工務店にすることを求めることのできないことは明白である。

よつて原告の本訴請求に応ずることはできない。

と述べた。<立証省略>

理由

原告が鋼材等の売買を目的とする商事会社であること、被告会社が原告よりその主張の約旨で丸棒鋼材、亜鉛板を買受け、その代金二、三三七、四四〇円を支払つていないことは当事者間に争がないから、被告会社は原告に対し金二、三三七、四四〇円の支払義務あることは明白であり、その内金一、二〇二、四四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和二九年八月一二日より支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は正当であるから認容すべきものである。

次に、被告会社が竹中工務店に対し本件債権を有していたこと及び被告会社が昭和二九年七月一三日被告難波康男に対し右債権を譲渡し、同日竹中工務店にその旨の通知をなしたことは当事者間に争がない。

原告は、被告会社と被告難波康男間の右譲渡行為は、通謀による虚偽表示であるから無効であると主張するが、そのような事実を確認するに足る証拠はなく、かえつて成立に争のない乙三号証、被告会社代表者及び被告難波康男の各本人尋問の結果によれば、昭和二八年六月から昭和二九年六月まで、被告会社振出の小切手が不渡となりかけたゝめ、被告難波康男は被告会社を協和銀行堂島支店に紹介した関係もあつて被告会社に代りその小切手を支払つたため、被告会社と被告難波康男間に前記譲渡行為が行われた当時、被告会社は被告難波康男に金八八三、九二〇円の立替金債務を負担しており、右譲渡行為は、その元本債務及び利息金の弁済のためになされたと認められるので、真実債権を譲渡する意思なくしてなされたものとは認められない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。そこで右譲渡が無効であることを前提として被告会社が本件債権を有することの確認を求める原告の請求は失当として棄却を免れない。

しかしながら、被告会社代表者及び被告難波康男の各本人尋問の結果によると、被告会社と被告難波康男間に前記譲渡行為が行われた当時、被告会社は、約千万円の債務を負担し、銀行預金が僅少であつたゝめその振出にかゝる手形、小切手は不渡となる虞れがあるような状態にあり、積極財産としては、僅かに本件債権の他、トラツク一台、電話三本を保有するに過ぎなかつた事実が認められる。そして前記譲渡行為が被告会社の被告難波康男に対する債務を決済する方法としてなされたことは前段に認定したとおりであるが、被告会社が右のような財産状態にあつた際、近々一年以内に数次にわたり発生した八八三、九二〇円の元利金債務の決済方法として、弁済が確実であると認められる一、二〇二、四四〇円の本件債権を譲渡することは、客観的にみて正当な対価関係においてなされたものとは認められないのみならず、被告難波康男が前示のような事情で被告会社の小切手を代払していた事実に徴すれば、被告難波康男は当時被告会社の資産状態の不良であることを熟知していたことは容易に推認しうるところであり、この事実に、証人中尾純、同鈴木進、同田中治雄の各証言により認められる、本件債権が原告と被告会社間の前記売買契約に基き原告が被告会社に売渡した物件を、被告会社が更に竹中工務店に売却した結果発生したものであり、代金の取立、支払に関し原告と被告会社間に紛議があつた事実とを併せ考えると、被告会社は原告等、被告会社の一般債権者を害することを充分認識しながら、前記債権譲渡行為をなしたものであり、被告難波康男もこれを知つていたものと認めるのを相当とする。被告会社代表者及び被告難波康男の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は当裁判所の信用しないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。よつて被告会社と被告難波康男間の前記譲渡行為を詐害行為としてその取消を求める原告の請求は正当として認容すべきものである。

ところで成立に争のない甲五号証、同六号証によれば、大阪地方裁判所は昭和二九年(ヨ)第二三七〇号仮処分申請事件について同年八月二日「被申請人被告難波康男は本案判決確定に至るまで第三債務者竹中工務店に対する本件債権の取立及び譲渡その他一切の処分をしてはならない。第三債務者は被申請人の請求により右債務の支払をしてはならない」旨の仮処分決定をし、右決定正本は同月三日被告難波康男に、同月四日竹中工務店に送達された事実を認めることができ、被告難波康男本人尋問の結果中同被告が右決定正本の送達を受けていない旨の部分は信用しない。そうすると、たとえ、被告主張のように被告難波康男が右送達後である昭和三〇年一一月一九日西村貢に本件債権を譲渡したとしても、これをもつて原告に対抗することのできないことは明白である。

詐害行為の取消権は、債務者のした法律行為を取消し、一般担保権を確保することを目的とするもので、その取消の結果は総債権者の利益のためにその効力を生ずるものであるから、取消権者は取消された譲渡の目的である本件債権を他の債権者とともに弁済を受けるため、第三債務者に対し直接自己に支払うことを請求できるものであるけれども、取消の結果本件債権は当然譲受人から債務者に復帰するものであつて、これを譲受人から債権者に譲渡する余地はない。従つて被告難波康男に対し本件債権を原告に譲渡することを求め、且つ竹中工務店にこの債権譲渡の通知をすることを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却しなければならない。しかしながら、被告難波康男は竹中工務店に対し、本件債権譲渡が詐害行為として取り消されたことを通知すべき義務があるから、被告難波康男に対し竹中工務店に右趣旨の通知をすることを求める原告の請求は正当として認容しなければならない。

そこで民訴法八九条、九二条但書、一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

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